No.41新着 ジャパンカップの始まりと歩み 1981年の創設、外国馬が上位を占めた第1回、1984年の日本馬初勝利、20年ぶりの外国馬の勝利まで
登録 2026年10月21日 13:40
ジャパンカップは1981年11月22日、外国の馬を招いて日本の馬と同じ舞台で走らせるために東京競馬場で始まった。第1回は米国のメアジードーツが勝ち、外国馬が4着までを占めた。日本馬の初勝利は1984年のカツラギエース。1992年に国際G1になり、2005年のアルカセットのあと外国馬は19年続けて勝てなかったが、2025年にフランスのカランダガンが20年ぶりに勝った。1着の賞金は第1回の6500万円から5億円になった。
本文と出典
【1981年の創設:外国の強い馬と同じ舞台で】
JRA の説明によると、1970年代の後半に「世界に通用する強い馬づくり」という目標が掲げられました。その一つとして、日本でも国際競走を開き、外国の強い馬と日本のサラブレッドを同じレースで走らせようという声が高まり、1981年にジャパンカップが生まれました。名前の「ジャパン」は英語で日本のことで、創設からずっと同じレース名です。距離は第1回も2025年も、東京競馬場の芝2,400メートルです。
デイリースポーツの2013年の記事は、第1回を、日本の競馬で初めて外国の馬を招いて行ったレースと説明しています。招待の相手は、米国、カナダ、オーストラリアなど太平洋をかこむ国々と、アジアの競馬の会議に入っている国のうちサラブレッドを生産している国に絞られ、ヨーロッパには声をかけませんでした。なぜヨーロッパを外したのかは、この記事にも JRA のページにも書かれていません。招待を受けたのは米国3頭、カナダ3頭、インド1頭です。トルコからも1頭来ましたが、日本に着いてから故障して走れませんでした。
同じ記事によると、日本で外国の馬が初めて走ったのは、ジャパンカップ本番ではなく、その2週間前に組まれた前哨戦(のちの富士ステークス)でした。インドのオウンオピニオンが出て、最下位に終わっています。
(出典:JRA「ジャパンカップ」 https://www.jra.go.jp/keiba/g1/jc.html 、デイリースポーツ 2013年11月18日 https://www.daily.co.jp/opinion-d/2013/11/18/0006505915.shtml )
【第1回:外国馬が1着から4着まで】
第1回は1981年11月22日、東京競馬場の第9レースで、15頭が走りました。1着の賞金は6500万円です。日本からは、1か月前の天皇賞(秋)で1着だったホウヨウボーイと、ハナ差(鼻の先ほどの差)の2着だったモンテプリンスなど8頭が出ました。
勝ったのは米国の6歳の牝馬メアジードーツで、5番人気でした。勝ち時計の2分25秒3は、当時の日本レコードです。JRA の成績表で上位を見ると、次のとおりです。
・1着:メアジードーツ(米国)
・2着:フロストキング(カナダ)
・3着:ザベリワン(米国。1番人気)
・4着:ペティテート(米国)
・5着:ゴールドスペンサー(日本馬でいちばん上の着順)
・6着:ホウヨウボーイ
・7着:モンテプリンス
テレビ東京の記事によると、メアジードーツは米国では G2 までしか勝っておらず、来日した外国馬の中でも目立たない存在でした。1番人気のザベリワンは賞金が100万ドルを超え、外国馬の中で一頭だけ G1 を勝っていましたが、その G1 も牝馬だけのレースでした。記事は、一流の馬がいない外国勢と、えり抜きの日本勢という組み合わせだったと振り返っています。
デイリースポーツの記事は、レース前にタクラマカンがゲートを突き破って飛び出し、そのそばにいたホウヨウボーイが驚いてゲートの金具に顔をぶつけ、前歯を3本折ったという関係者の話を伝えています。オウンオピニオンは13着で、出走したときの体重396キロは、2013年の時点でこのレースに出た馬の中で最も軽い記録でした。
(出典:JRA「1981年ジャパンカップ 競走成績」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc1981.html 、テレビ東京スポーツ 2025年11月29日 https://www.tv-tokyo.co.jp/sports/articles/2025/11/040889.html 、デイリースポーツ 前掲)
【1984年:カツラギエースが日本馬で初めて勝つ】
第2回(1982年)はハーフアイスト、第3回(1983年)はスタネーラと、外国馬の勝利が続きました。JRA によると、第2回からは北米中心だった招待をヨーロッパとオセアニア(オーストラリア、ニュージーランドなど)にも広げています。
日本馬が初めて勝ったのは、第4回の1984年11月25日です。勝ったのは西浦勝一騎手のカツラギエースで、14頭の中で10番人気でした。2着は外国馬のベッドタイム、3着は岡部幸雄騎手のシンボリルドルフです。1番人気のミスターシービーは10着でした。翌1985年はシンボリルドルフが勝ち、日本馬が2年続けて勝ちました。JRA はこの2勝を、強い馬づくりの効果が出始めたところとして説明しています。
JRA の成績表を見ると、第1回には格付けの表示がなく、第4回には「GI」と書かれています。1着の賞金は1984年が7500万円、1985年が7800万円でした。
(出典:JRA「1984年ジャパンカップ 競走成績」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc1984.html 、JRA「1985年ジャパンカップ 競走成績」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc1985.html 、JRA「ジャパンカップ(過去GI成績)」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/index.html 、JRA「ジャパンカップ」前掲)
【1986年から2005年:外国馬と日本馬の勝ち負け】
日本馬の2連勝のあと、1986年のジュピターアイランドから1991年のゴールデンフェザントまで、外国馬が6年続けて勝ちました。JRA の歴代優勝馬の一覧で、この6年の勝ち馬はジュピターアイランド、ルグロリュー、ペイザバトラー、ホーリックス、ベタールースンアップ、ゴールデンフェザントです。
1992年、ジャパンカップは国際G1に認められました。JRA の説明では、ヨーロッパを中心に有力な馬が続けて来るようになったことが背景にあります。この年に勝ったのはトウカイテイオーで、父のシンボリルドルフに続く勝利でした。JRA はこれを、ジャパンカップで初めての親子2代の優勝としています。
そのあとも、1995年ランド、1996年シングスピール、1997年ピルサドスキー、2002年ファルブラヴと、外国馬が勝つ年がありました。2005年11月27日の第25回では、L.デットーリ騎手のアルカセットがハーツクライとの写真判定をハナ差で制しました。勝ち時計の2分22秒1は、1989年にホーリックスが出した2分22秒2を0.1秒縮める日本レコードでした。JRA の当時の記事によると、この年に来日した外国馬6頭はすべて G1 を勝ったことがある馬でした。
(出典:JRA「ジャパンカップ(過去GI成績)」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/index.html 、JRA「ジャパンカップ」前掲、JRA「2005年ジャパンカップ 競走成績」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2005.html )
【賞金の移り変わり】
1着の賞金は、JRA の各年の成績表で見ると次のように上がってきました。
・1981年(第1回):6500万円
・1984年(日本馬の初勝利):7500万円
・1990年:1億1000万円
・1995年:1億3200万円
・2000年と2005年:2億5000万円
・2019年から2021年:3億円
・2022年:4億円
・2023年から2025年:5億円
第1回とくらべると、2025年の1着賞金はおよそ7.7倍です。デイリースポーツの2013年の記事は、その年の1着賞金2億5000万円を「世界一」と書いていました。一方で、同じ記事の筆者は、高い賞金のレースが世界に増えたことや、日本の硬い馬場がきらわれることで、外国のチャンピオン級の馬が本気で来日することが減ったという見方を示しています。これは筆者の意見で、理由を調べた数字が示されているわけではありません。
(出典:JRA の各年の競走成績 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc1990.html 、 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc1995.html 、 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2000.html 、 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2019.html 、 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2021.html 、 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2022.html 、 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2023.html 、 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2025.html 、デイリースポーツ 前掲)
【2006年から2024年:外国馬が勝てなかった19年】
2006年のディープインパクトから2024年のドウデュースまで、19年続けて日本馬が勝ちました。この間にはジェンティルドンナ(2012年と2013年)とアーモンドアイ(2018年と2020年)が2回ずつ勝っています。アーモンドアイが2018年に出した2分20秒6は、2025年まで東京の芝2,400メートルのコースレコードでした。
2019年11月24日の第39回は、外国馬が1頭も出ないまま行われました。JRA は、創設から39年目で初めて日本馬だけのジャパンカップになったと書いています。外国の馬の代わりに、ヨーロッパの有名な騎手が日本の馬に乗り、その年にイギリスで最も多く勝った騎手になったオイシン・マーフィー騎手のスワーヴリチャードが勝ちました。
外国馬が勝てない理由として、JRA の2025年の記事は、強くなった日本馬と、速い時計が出る東京の芝の二つが長く挙げられてきたと書いています。どちらがどれだけ効いたのかを数字で示した資料は、今回見つけられませんでした。
(出典:JRA「ジャパンカップ(過去GI成績)」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/index.html 、JRA「2019年ジャパンカップ 競走成績」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2019.html 、JRA「2025年ジャパンカップ 競走成績」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2025.html )
【2025年:カランダガンが20年ぶりに外国馬で勝つ】
2025年11月30日の第45回は、フランスの4歳のセン馬(去勢した牡馬)カランダガンが勝ちました。騎手は M.バルザローナ、調教師は F.グラファールで、4番人気でした。2着は1番人気のマスカレードボールで、差はアタマ差(頭ひとつ分)です。勝ち時計の2分20秒3は、アーモンドアイの記録を0.3秒縮めるコースレコードでした。
外国馬の勝利は、2005年のアルカセット以来20年ぶりです。JRA の記事によると、カランダガンはこの年の夏から秋にヨーロッパで G1 を3連勝し、ヨーロッパの年度代表馬に選ばれていました。陣営は早くからジャパンカップを目標にしていたとも書かれています。
(出典:JRA「2025年ジャパンカップ 競走成績」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/result/jc2025.html 、JRA-VAN「ジャパンカップ2025 レース結果回顧」 https://jra-van.jp/fun/tokusyu/g1/jc/2025/result.html )
【世界のレースの格付けで1位に】
国際競馬統括機関連盟(IFHA。各国の競馬の団体が集まる国際組織)は、毎年、世界の G1 の格付けの順位を出しています。順位は、そのレースの1着から4着までの馬の公式の評価の数字(レーティング)を平均した値で決まります。
2023年のジャパンカップはこの順位で世界1位になりました。この年はイクイノックスが勝ち、2着のリバティアイランドに4馬身の差をつけています。2025年もイギリスのチャンピオンステークスと並んで1位(126.25)でした。JRA によると、2015年に今の形の順位が始まってから、日本のレースが世界1位になったのはこの2回です。2024年は5位(122.50)でした。
(出典:JRA 2026年1月21日発表 https://www.jra.go.jp/news/202601/012103.html 、JRA 2025年1月発表 https://www.jra.go.jp/news/202501/012205.html 、JRA「ジャパンカップ」前掲)
【45回の勝ち馬を数えると】
JRA の歴代優勝馬の一覧で数えると、1981年から2025年までの45回のうち、日本馬の勝利はのべ30回、外国馬の勝利は15回です。JRA も「のべ30頭の日本馬」が勝ったと書いています。外国馬の15勝のうち12勝は1997年までで、それ以降は2002年、2005年、2025年の3勝だけです。
(出典:JRA「ジャパンカップ(過去GI成績)」 https://www.jra.go.jp/datafile/seiseki/g1/jc/index.html 、JRA「ジャパンカップ」前掲)